
【映画監督】に関する知恵袋
【質問】
映画監督の知恵袋を理解する上で、現代の中国の人たちと、どの程度漢字で筆談して意志を交わすことが出来るんでしょう?不幸な歴史ですが、日中戦争の頃に中国に出征した兵士が中国の方々と漢字の筆談と身振り手振りで結構、意志が通じたという手記を見かけました。また、横浜の待遇の事務の説明をすると、映画監督の小津安二郎さんの伝記で、一兵士として中国に従軍しているときに、地元のお寺の僧侶と筆談で会話をするシーンがあります。横浜の待遇の事務を説明します。まず、現在の中国大陸では、元からあった漢字がだいぶ簡略化されたと聞いてますが、日本人と中国人の間で筆談を交わすことは出来るんでしょうか?映画監督の知恵袋の解説をすると、また、中国大陸じゃなくて台湾の場合ならどうでしょう?
【解答】
横浜の待遇の事務について言えることは、現在では難しいです。というか、実感として難しかったです。日中戦争の当時は今よりも容易だったと思います。日本も中国も今より難しい漢字を使っていましたが、それらは殆ど同じでした。(日本で言うと旧字体。中国では正字体とか繁体字とか言います。)日本語と中国語では、同じ漢字を別の意味で使うことがありますが、これは慣れというか練習することによりある程度は対応が可能です。当時の日本兵は中国に長期間(数ヶ月以上)滞在していましたから、場合によっては数日しか滞在しない今の日本人観光客より練習・試行錯誤する時間は充分にあったでしょう。また、更に時代をさかのぼると、明治の頃までは「漢文」は日本人にとって重要な教養でした。昔の教養人は今の日本人より漢文・漢詩などに馴染んでいました。さて現在ですが、私の経験では台湾の方が比較的容易です。台湾は伝統的な漢字を今も使用しており、多少慣れれば日本人でもある程度読めます。また、日本人の書く漢字のいくつかは、伝統的に使われていた略字体を基にしているので、手書きの文字ならば台湾の人にも理解できる場合があります。私は中国語を習ったことが無いので、中国に行った際には標識や看板なんかも読めませんでしたが、映画監督の知恵袋を分解していくと、台湾では写真の多い雑誌程度ならば何となく読め、しばらく滞在するうちに新聞くらいまでは(書いてあることがだいたい理解できるという意味で)読めるようにました(小説は無理ですが)。横浜の待遇の事務を解説すると、私の場合、中国でも台湾でも仕事上の会話は英語でしたので、「漢字で書いて、英語で説明する」というのが有効な会話の手段でした。なので、映画監督の知恵袋については、筆談は役に立ったと言えなくもありません。もし「筆談以外に意思疎通の手段が無かった」ならば、筆談が有効な会話方法になったかもしれません。